1924年ハンス・ベルガーによってヒトの脳での電気現象として脳波が発見された。それから88年が経過した。この間脳波は0.5Hzから30Hzの成分を主体に臨床の場で脳機能の診断に貢献してきた。また、ドーソンの誘発加算法の開発により、体性感覚系、視覚系、聴覚系の神経伝達メカニズムの研究が進んだ。CTやMRIの出現により形態学的な診断から脳波はその役割を譲ったが、てんかん診断など機能面での診断にはなくてはならない手段として今日でも重要な役割を担っている。
そして、最近になり脳波が再び注目を集めようとしている。それは多チャネル化と高サンプリング化により、従来対象としてきた周波数以外の研究が行えるようになったためである。30Hz以上の高周波成分の研究はてんかんや脳神経の異常活動の研究に利用され、また0.5Hz以下の低周波数成分についても脳神経の興奮性の研究に利用が始まっている。また、知覚や意識に関するγ帯域(26Hz―70Hz)は事象関連電位やBCIなどで活用が始まっている。
さらに、多チャネル化は脳波での信号源推定の精度を上げることに貢献し、MEGに頼らざるを得なかったてんかん焦点の同定に期待が持たれている。
本書は脳波の研究を志す人のために、脳波解析と最近の脳波の応用について簡単にまとめたものです。皆さまの研究のお役にたてれば幸いです。
2012年5月
株式会社ミユキ技研マーケティング部
ヒトにおける脳波の発見は1924年ドイツの精神科医であるBarger先生の研究に始まり、その後、脳波は脳の機能的側面の研究や診断に使われています。画像診断が普及した今日でも脳の機能面での計測としては欠かせない手段として現在も使われています。
脳波は0.5Hzから30Hzまでの周波数範囲の変化をもつ20-70μVの波型信号ですが(図1)、いろいろな状態で変化します。例えば目をつむると8-12Hzのアルファ波と呼ばれる波形が後頭部優位に出現しますし、計算問題など脳を使うとアルファ波が減って13Hz以上のベータ波が出現します。その他、眠くなると振幅が小さくなり、スピンドルやハンプといった特徴的な波形が出現します。深い眠りでは2Hz以下の大きな波形が優位になります(図2)。
一方、脳が病的な状態でも特徴的な波形になります。もっとも多いものはスパイク波でてんかんの患者さんに多く見られます。脳卒中などで脳が壊れるとデルタ波となって機能が低下している状態を現わします。
さらに外部からの刺激(音刺激・視覚的刺激・痛み刺激)などによっても変化します。しかし、これらの変化は非常に小さく目では見えませんので、何回か刺激に同期して脳波を加算して初めて見えてきます。
このように脳波は様々な内的変化、外的変化によって変化します。この性質を利用して脳の機能面での診断や研究が行われています。
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図1 脳波の持つ周波数
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図2 睡眠による脳波の変化
脳波の周波数は0.5Hzから30Hzが中心ですが、この周波数を定量的に表現する方法として周波数分析という方法があります。脳波が脳機能の診断に積極的に利用された1960年代はWalter型といっていろいろな周波数のバンドパスフィルタを通して、それぞれの出力を積分してグラフにしていました(図3)1)。その後、FFT法が開発されデジタル的に高速な計算が可能になりました。FFTによって得られた周波数分析の結果をパワースペクトラムと呼んでいます(図4)。脳波の周波数分析の目的は、波形の大きさや周波数を定量的に現わすためです。
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図3 Walter型脳波分析装置による周波数分析結果
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図4 脳波のパワースペクトル表示
上部の脳波をパワースペクトル表示したもの。
そして、この結果からその人の脳波の特性を表現します。次に“これがこの人の代表的な脳波だ”といえるのはどれくらいの時間を測定すればよいのでしょうか。周波数分析をする場合の基本的な条件があります。それは“定常性”と“エルゴード性”を満足させることです。定常性とは解析区間内では脳波が突然変化することなく安定している状態をいい、エルゴード性とはどの時点の脳波を計測してもその人の脳波を代表するということです。
もちろん起きている時と寝ている時では脳波の波形は異なりますので、例えば“覚醒状態の脳波は…”とか、“睡眠状態の脳波は…”などと条件を明示する必要があります。そしてこの定常性を満足する時間は30秒から1分と言われています。
それでは定常でない脳波の周波数はどのように表したらよいでしょうか。つまり、何らかの内的、外的変化によって時間と共に脳波が変化する場合の表現方法です。長時間に及ぶ変化の表現方法としてはCSA(Compressed Spectral Array, Bickford 1973 図5)2)、すなわち圧縮スペクトル法(鳥瞰図法)が以前から利用されていますが、ごく短時間、例えば1秒単位で変化する脳波の周波数はどのように表わしたらよいでしょうか。これが最近ブームになっている時間周波数解析(Time Frequency Analysis)です。代表的な方法としてはWavelet法(図6)3)があげられ、いろいろな分野で以前から使われていましたが、定量評価に向かないなどの理由で一時影を潜めていました。また最近は、MBFA法やCD法など定量評価ができる方法も開発されてきており、ヒトの思考に関係して変化するベータ波やガンマ波の解析に使われています。FFT法の場合、結果を得るためには、例えば5秒とか10秒などの一定時間の脳波を必要としますが、時間周波数解析ではミリセカンド単位などの短い時間の周波数変化を知ることができます。FFT法でもデータをダブらせて少しずつずらして解析する方法がありますが、それでは瞬時の変化はぼやかされてしまいます。
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図5 脳波のCSA表示
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図6 時間周波数解析(Wavelet法)
時間とともに周波数と振幅が変化する様子がわかります
HFO(High Frequency Oscillation:高周波振動)は高速サンプリングが可能なデジタル脳波計の出現によって可能になった解析です。すなわちサンプリング周波数を高くして収録することにより、高い周波数成分まで解析できるようになったわけです。
脳波をデジタル収録する場合は「サンプリング定理」にそってA/D変換して収録を行わなければなりません。つまり、解析しようとする周波数の2倍以上の周波数でサンプリングしなければならないという決まりです。500Hzまで解析しようと思えば1KHz以上のサンプリング周波数で収録しないとならないということです(実際には2.5倍以上で収録すると安心でしょう)。一般的に脳波は0.5Hzから30Hzまでの周波数で50μV位の波形として記録されますが、これは頭皮での記録であり、実際の脳波はもっと振幅が大きく、高い周波数も含まれています。それらの波形は脳や髄液、頭蓋骨を経由して頭皮ではそれらの集合電位として、電位は減衰し周波数の低い脳波として記録されるわけです。しかし、てんかんの発作やある事を集中して考える時などは、いくつかの神経細胞が集団で同期して活動するためにかなり大きな律動波として現れることがあります。
HFOはこのいくつかの神経細胞が同期して活動する際の脳波のことです。特にてんかん発作に関係する脳波として注目され、頭蓋内記録でこのHFOが記録される部位が発作に関係しているという報告がみられます(図7)4)。頭皮で記録できなくても皮質脳波(EcoG)ではそれが記録できることから、HFOの研究は皮質脳波で多く行われています。
また、何かの刺激に対して発生する誘発電位の中にHFOが含まれており、フィルタ条件、感度などを変えることにより、従来の誘発電位の波形とは全く異なる波形として記録されることがあります。これも高いサンプリング周波数で記録されているからこそ可能となります。
脳波の振幅は脳の活動量や勢いを反映します。それは頭皮で測定される脳波は脳内の神経が活動する時に発生するシナプス後電位の総和を記録しているからです。つまり多くの神経が活動すれば多くのシナプス後電位が発生し、その総和である脳波も大きくなります。脳波の振幅や周波数を見るときの着眼点は左右の違いです。脳はほぼ左右対称的で同じような働きをしているので、10-20%の誤差はありますがほぼ対称的な脳波が正常とされています
この左右の違いをもっとも解り易く表示する方法がトポグラフ表示です。通常、色の違いによってそれを表現するためにマッピング表示とも言われています。図8のように正常ではほぼ左右対称ですが、どこかで対象でない場所があればそれは異常を示唆します。
また、ある特定の部位が周囲と違った色合いで表示されると、その部位の異常を示唆します。このようにトポグラフは、脳波の異常部位を視覚的に表現するのに有用です。図9はてんかんスパイク波のトポグラフですが、白いところが一番大きく、黒いところがスパイク波の向きが逆転して一番大きいところです。一般的に電位が大きいところがその異常部位として考えられますが、この図9のように反対向きの波形が存在する場合(この状態をダイポールを形成しているといいます)はその中間が異常の部位となります。
このようにトポグラフ表示はいろいろな情報を与えてくれる表示方法です。しかし、生波形を見ないでこのトポグラフだけを見て判断することは、誤解を生む原因にもなります。それはトポグラフはノイズであれ、脳波であれ、振幅の高低を示すだけだからです。
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図8 周波数マッピング (Frequency Topography)
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図9 振幅マッピング (Voltage Topography)
私たちが普段接している脳波は0.5Hzから30Hzの信号成分の脳波です。しかし、脳から出ている脳波はこれだけではありません。0.5Hz以下の脳波も30Hz以上の脳波も存在しています。30Hz以上はHFOの項で触れていますが、0.5Hz以下の脳波は緩変動電位(SCP: Slow Cortical Potential)といって、非常にゆっくりと変化する、しかも電位の比較的大きい(100μVから1mV)脳波です。厳密に言えば、DC脳波とは0Hz の脳波を言いますが、これは脳定常電位といい、直流成分でさらに大きな電位(-70mVから30mV)を持っています。これらの脳波の関係を水位に例えると、通常の脳波は“さざ波”、緩変動脳波は“うねり”、そして脳定常電位は“水深”と表現することができます(図10)。実は脳波計の入力にはこれら全ての脳波が入力されているわけですが、フィルタによって(時定数と高周波フィルタ)0.5Hzから30Hzの信号しか増幅しないようにしているのです。
DC脳波の研究は1950年代にO’Learyら5)によって始められて、日本では東京大学脳神経外科の佐野、三宅、真柳らによって1964年から65年にかけて、てんかんや脳腫瘍患者で研究が行われていました6, 7)。
DC脳波を記録するのは非常に難しく、測定のポイントは大きく2つあります。1つは増幅器で、直流増幅器という特殊な増幅器が必要になります。直流分を記録するためには、長時間安定に動作する必要がありますが、最近は電子工学技術の進歩によって安定した増幅器が入手できます。
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図10 通常使われる脳波とDC脳波の関係 海の水に例えればDC脳波は水深を通常の脳波は海面の波と言えよう。
2つ目は電極です。電極は他の技術の進歩と比べると大きな開きがあります。また、生体と増幅器は通常の電気的接続ではなく、電極を介した化学的な接続(イオン結合)ですから、この電極の問題は非常に大きいです。DC測定に適した電極は銀・塩化銀電極で電気的二重層が安定しており、そのハーフセル電位も他の電極と比べて小さいために、動きによるアーチファクトにも安定しています。そして、より安定した記録には電極ペーストの選択も重要です。「Ten20」というペーストは安定性がよく、DC記録に向いています8)。
さて、そのDC脳波ですが、脳定常電位であるDC脳波は真のDC電位を絶対値として測定することは困難です。また各電極間で真のDC値を比較することも電極のハーフセル電位のバラツキや用いるペーストの特性に左右されて、難しいものとなっています。仮に測定できたとしても、その値が真であるかを証明する方法はありません。図11.12に1964年に東京大学脳神経外科で行われていた方法を紹介しておきます。この方法ではてんかん発作に伴うDC変動についても詳しく検討されています。また、1996年には京都大学の池田昭夫先生が頭蓋内脳波からてんかん発作に伴うDC電位変動を報告しています(図13)9)。
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図11 東大脳外科で行われていた方法(真柳ら1966年)
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図12 てんかん発作に伴う脳波のDC変動 真柳ら1966年
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図13 1996年京都大学の池田昭夫先生によって報告されたてんかん発作に伴う頭蓋内電極でのDC変動 Ikeda et al., Epilepsia, 1996
最近のDC脳波はSCPがメインで記録の開始点をゼロ電位としてそこからの変動を記録しています。しかも長い時間の記録では電位変動が脳電位なのか、電極などの原因によるドリフト電位なのかの判別が困難であるため、比較的短い時間の変動を対象にした研究が主です。てんかん発作に伴って現れるゆっくりとした陰性変動は、やがて発作へと移行するという研究は京都大学神経内科の池田らによって報告されています。また、この陰性変動を自己の努力で抑えることができれば発作を回避できるというニューロフィードバック訓練がドイツを中心に行われています。
Hans Bergerによって発見された脳波は、0.5Hz~30Hzの周波数範囲を持つ脳の電気的活動です。しかし、今まで述べてきたように脳から発生している電気活動には、これらの周波数以外の電位活動もあることが立証されています。それは0.5Hz以下の低周波成分と30Hz以上の高周波成分です。これらの成分の脳波をすべて増幅できる脳波計をフルバンド脳波計またワイドバンド脳波計といいます。これは非常に新しい用語ですが、最近の脳波の研究はむしろこれらの成分に移ってきています。
フルバンド脳波計の性能には2つの重要な要素があります。1つは低周波数成分、特にDC成分を記録するためにアンプの方式は直流増幅器でなくてはなりません。さらに、大きなDC成分上で変化する0.5Hzから30Hzの脳波を記録するには、入力ダイナミックレンジが大きく、しかも電圧分解能も高くなければなりません。通常は24ビットの分解能を持つAD変換器が使われます。
2つ目は高周波成分のためには高いサンプリング周波数で記録しなければなりません。また、低周波成分を安定して記録するために使用する電極にも配慮が必要です。銀塩化銀電極の使用はもちろんですが、皮膚インピーダンスを下げて記録することも重要なポイントです。
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図14 図14 フルバンド脳波計 Neuroconn社「NeuroPrax」
通常の脳波は、脳内での神経活動によるインパルスの集合電位が頭皮上で記録されたものです。従って記録された脳波はあくまでも頭皮上の電位であり、その結果がそのまま脳内の状態を表わすわけではありません。図15は脳溝で発生した電位はその直上の電極では記録されず、そこから立体角をなす離れた部位で電位が記録されることを説明する有名な図です。この離れた部位での電位は極性が逆転しており、その中心が電位の発生源であるということが解ります。また図16は脳回で発生する電位は直上の電極で最も大きく記録されるという説明です。このように記録された脳波を診る場合には常にこの事を頭に入れて読むことが大事です10)。
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図15 脳溝で発生する脳波は
その直上では記録できない。(Gloor,1975)
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図16 脳回で発生する脳波は
その直上で最大電位になる。 (Gloor,1975)
頭皮上の脳波から脳内の発生源を推定する研究は、1989年ころより盛んに行われてきています。日本においても本間・武者(Homma, Musha, 1994)の研究に始まり、中央電子(株)が製品化し販売を開始しました。その後NEC中央研究所で臨床用のプログラムSynaPoint-Proが発売されました(山﨑、上條、喜友名,1996)。国際的には「BESA」「EMSE」「ASA」「CURRY」といったプログラムが販売されて脳科学研究で多く使われています11, 12)。
脳内信号源を推定する方法には大きく分けて2つの方法があります。
- Dipole fitting method
- Distributed sources method
Dipole fitting法は信号源を点で求めるもので、これにはSingle Dipoleを求めるのかMultiple Dipoleを求めるかの選択があります。
Distributed source法は点ではなく広がりとして求める方法で、これにはLORETA、sLORETA, Scanning Bearmformerなどが良く知られています。
脳波を用いた信号源推定では、頭蓋骨で脳波が大きく減衰するために精度は悪くなります。今まで頭蓋骨は頭皮に比べて80倍から100倍の抵抗があるといわれておりましたが、最近の論文ではせいぜい15倍くらいではないかという報告もあります(Lai et al., 2005, Salman et al., 2005)。また部位によって減衰率も違うために、新しい推定モデルが確立されれば脳波での信号源推定ももっと普及するかもしれません。しかも、推定に用いる電極数は最低でも64チャネルは必要です13)。
磁気刺激法が開発された当初から、中枢運動神経系の検査および研究として磁気刺激が普及しました。中枢刺激法は磁気刺激ならではの検査として、診療報酬請求にも認められた検査となっています。これは中枢運動領域を刺激して、その支配筋から誘発筋電図を記録するもので、筋電図が発生する時間と波形振幅から中枢運動神経系の機能を検査します。
最近は脳内の神経接続を知るために、磁気刺激後の脳波を記録するという研究が行われ始めています(Ilmoniemi, 1997)14)。磁気刺激は瞬間的に非常に大きな電流を刺激コイルに流して、磁気を発生させるので、その時に大きな渦電流が発生し、それによって大きなアーチファクトが脳波の電極を通じて脳波計に入力されます。通常の脳波検査に使われている脳波計では、しばらくの間波形が記録できません。これは大きな刺激アーチファクトによってアンプが飽和し、その間アンプは機能できないためです。これらの問題を避けるために磁気刺激による脳波記録では、DCアンプという特別なアンプを用いた脳波計を使います。DCアンプとは脳波の直流成分まで増幅できるアンプで、大きな入力電圧を増幅できるようになっています。この性能をダイナミックレンジといい、「NeuroPrax」では±400mVの入力電圧まで増幅できます。したがって、大きな刺激アーチファクトが入ってもアンプが飽和することが無く、刺激直後から脳波を記録することができます。また磁気刺激のような急峻な刺激波形を増幅するためには一切のフィルタを使用できません。理由は、フィルタによって波形が歪まされ逆に大きなアーチファクトになってしまうからです。フィルタを使えないということは電極のインピーダンスを十分に下げなければならないということです。また、刺激アーチファクトを増幅させないためにもできるだけそれぞれの電極インピーダンスを揃えて、しかもリード線の引き回しにも注意が必要です。できるだけ同じアーチファクトが入るようにリード線を置く必要があります。こうした処置を行っても数ミリ秒のアーチファクトは覚悟しなければなりません。
磁気刺激によって得られる脳波は非常に小さく加算をしないと見えてきません。しかも刺激部位によっては頭部の筋を刺激してしまい、得られる脳波に筋電図が混入する場合もあるので、波形の解釈には慎重でなければなりません(図17)。
MRI装置を利用して脳の血流変化を測定する脳機能イメージング法はfMRIと呼ばれ、視覚、聴覚、運動、認知機能などに対する脳活動の研究に幅広く利用されています15)。また、近赤外光を用いる光トポグラフィ検査(NIRS)は時間分解能が高く、簡便な脳血流測定装置として普及してきています。
fMRIやNIRSが脳血流の変化を反映するものに対して、脳波は神経活動の変化を反映することから、fMRIやNIRS測定と同時に脳波を計測するという研究が多くなってきています。
この脳波同時計測の目的は、脳が電気活動によって消費された酸素を後から補給するために血流変化が起きるという2つの関係を捉えるためです。その他、被験者の意識レベルを知る上でも脳波は重要な指標として用いられます。
ところが、fMRIとの同時計測ではグラディエントアーチファクトによる大きなノイズが発生するために、特殊な処理が必要となります。幸いにもこのアーチファクトは一定の波形で、ほぼ同じ周期で発生しているので、ソフトウエアによってノイズを取り除くことができます。
つまりノイズのテンプレート波形を作成し、ノイズが混入した脳波からそのテンプレートに合致した波形を引き算すればきれいな脳波が見えるようになるわけです(図18)。
実際にはグラディエントアーチファクトの発生周期は一定ではなく少しずつ変化しますし、脳波計のサンプリング周期の関係でMRI装置と脳波計のタイミング同期がずれてしまします。
そして、ずれた分がアーチファクトとして残ります。これらの問題を軽減するために、MRI装置から脳波計と同期をとるための信号を接続したり、ノイズの中からMRI装置のタイミングを割り出す技術が開発され、できるだけテンプレートを引き算するタイミングがずれないように工夫しています。それでも残ってしまうノイズは高周波フィルタで処理します。
さらに重要なことは、グラディエントノイズの波形を忠実にアンプが取り込むことです。このためにサンプリング周波数はできるだけ高く(4KHzから5KHz)しなければなりません。またノイズは急峻な波形であるためにフィルタを通すとノイズ波形が大きく歪んでしまうので、フィルタを用いることはできません。
その上、このノイズは非常に大きな電圧を持っているために、アンプのダイナミックレンジ(扱える信号の大きさを決める性能)は大きく、そしてその中に含まれる小さな脳波を正確に得るために分解能(どこまで小さな電位を増幅できるかを決める性能)は24ビットと大きくなっています。
このような性能の脳波アンプとソフトウエアを組み合わせてfMRIと同期した脳波計測が可能になりますが、現時点ではまだ解決できない問題を残しています。それは心拍動に伴い機械的な動きによるアーチファクトです。
これをBCGアーチファクトといいますが、現時点ではリアルタイムに正確な除去を行うことはできません。現在は、測定後に主成分分析などを行ってBCGアーチファクトを取り除いています。
図18:左図はグラディエントアーチファクトが混入した波形とその除去が始まった脳波。
右図は安定的にアーチファクトが除去された脳波で、眼球運動やアルファ波が確認できる
一方、光トポグラフィ(NIRS)は簡便な脳血流検査装置として普及しており、NIRSと脳波を同時に計測したいという要求も多くなっています。
NIRSプローブと同じ領域の脳波を計測する場合もありますが、研究テーマによってはNIRSプローブとは別の場所を測定することもあります。
図19のようにプローブの間に自由に取り付けられる脳波電極は大変有用で、しかもアクティブ電極を用いているために、周囲のノイズに強く安定した計測が可能になります。
このようにNIRSと組み合わせることにより、短時間に変化する電気的な変化とそれに伴って変動する脳血流の関係を知ることが可能になり、MRIとの組み合わせでは計測が難しかった時間領域での解析が期待されます。
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図19 NIRSプローブの間に取り付けられた脳波電極
脳波電極はねじ込み式のアクティブ電極で、NIRSプローブとの高さ調整も可能です。
ニューロフィードバックという用語は最近のものですが、バイオフィードバックと混同しないために説明が必要です。バイオフィードバックとは自分自身の情報を使って、その情報を自分の力で変化させるというものです。主に心理学的な治療を目的に応用されており、例えば心拍数を変化させたり、脳波のアルファ波を増減させたりして自己の心理状態を変化させるものです。体温やGSRも使われております。
この中で脳波を使ったバイオフィードバックをニューロフィードバックといい、バイオフィードバックが生体信号全般を使用する方法であるのと区別して使います。このニューロフィードバックにはアルファ波、ベータ波、シータ波、SMR(12~16Hz)を使うものと、最近はSCP(緩徐波)といって0.5Hz以下の非常にゆっくりと変動する脳波を使用する方法とがあります。とくにSCPのニューロフィードバックは脳の活動レベルをコントロールすることができるといわれており、ヨーロッパではてんかんやADHDの治療にも応用されています。ニューロフィードバックのプログラムを持つNeuroconn社製「Theraprax」は脳波を音や図形(飛行機・鳥・潜水艦など)に変えて被験者に興味を持たせながら訓練が行えるように工夫されています(Strehl et al., 2006 図20)16)。
図20 自分の脳波を使ってマンボウを上に動かしたり(Negative)、下に動かしたり(Positive)する練習を行う。下の波形は8週間の訓練後、イメージだけで自分自身の脳波をコントロールできたことを示している。
脳波を使ってコンピュータを操作し、本人の意思を実現する方法を総称してBCI(Brain Computer Interface)と呼んでいます(図21)。一方BMI(Brain Machine Interface)という呼称もありますが、こちらはもっと広い意味で“脳波で機械を動かす”というような意味で使われています17)。
BCIには頭皮上で脳波を記録してそれをコンピュータで処理して使う方法と、直接脳に電極を埋め込み、ニューロン活動を利用する方法がありますが、後者は今後の研究を待たねばなりません。
頭皮上の脳波を利用するBCIには2つの方法があります。1つは誘発電位としての脳波を使う、2つ目は脳波の周波数や振幅の変化をリアルタイムに利用する方法です。誘発電位を利用する方法としてはP300とSSVEPが多用されています。P300の応用では画面に表示される文字を認識することにより得られるP300で本人の意思を文字として表現したり、画面に現れる図形を認識した時に得られるP300から例えばライトを点けたり、テレビを点けたりすることができます。SSVEPを用いる場合は、異なる周波数で点滅する光を見ることによる、後頭部視覚野で記録されるPhotic Driving(点滅する周波数と同じかその高調波で同期する光駆動脳波)を利用して、それぞれの点滅周波数に意味合いを持たせて本人の意思を伝える方法があります(図22)。
脳波の周波数や振幅の変化を利用する方法はERS/ERD(事象関連同期/非同期)と呼ばれ、運動想起時に脳波の特定周波数が変化する事を利用します。このように瞬時に自分の意思が脳波に反映できるので電動車イスをERS/ERDを用いて運転したり、コンピューターゲームをしたりすることが可能になります(図23)。
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図21 g.tec社「ポータブル型BCIシステム」
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図22 SSVEPによるBCI
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図23 ERD/ERSによるピンポンゲーム
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