磁気刺激がヒトを対象とした中枢運動神経系の検査として初めて紹介されたのは1985年のBarkerらのLancet報告です。それから30年、磁気刺激法はコイルや刺激方法の発展、そしてナビゲーション装置との組み合わせにより神経科学の多岐にわたる研究や治療にと大きな発展を遂げてきました。
ミユキ技研は設立当初より、中枢神経刺激に着目しており、Digitimer社(英)の高電圧電気刺激装置、Magstim社(英)の磁気刺激装置を日本市場に導入し、昨今では磁気刺激と組み合わせた脳波同時計測、fMRIとの同時計測、NIRSとの同時計測、さらにtDCS/tACSを加えた幅広い装置で神経科学の発展に貢献して参りました。
本稿は2015年6月6日にミユキ技研創立30周年を記念して開催された、International Symposium on Magnetic Stimulationで配布した小冊子の内容をそのまま掲載したものです。世界的にも先端的な研究を行っている日本の脳刺激の一端をご紹介できれば幸いです。
筋電計の発展によって運動神経や知覚神経の障害を客観的に計測できるようになり、電気生理学的な検査が神経内科や脳外科、リハビリ科などで普及しました。これらの検査は皮膚の上から電気で神経を刺激して、その神経が運動神経であればその支配筋から誘発筋電図を記録し、知覚神経であれば神経走行上の皮膚から活動電位を記録し、大脳皮質体性感覚野から体性感覚誘発電位(SEP)を記録するという検査方法です。
しかし、この電気刺激は首から末梢の神経は検査することができるものの、運動神経の大脳運動野から頸椎の間は刺激が届かず、頭蓋内の神経を検査することはできませんでした。
このハードルを最初に打ち破ったのはイギリスのMertonらです。彼らは1980年に高電圧電気刺激を用いて、非侵襲的にヒトの運動野を刺激する方法を開発しました。ただし大脳運動野を経頭蓋的に刺激するには、頭蓋骨を経由して脳の運動野を刺激しなければならないために400V~600Vの電圧が必要になります。通常の神経伝導検査に用いる電圧100V位の刺激と比べて、被験者にかなりの苦痛が伴います。しかし、この高電圧電気刺激方法の開発によって錐体路の検査が可能になり、中枢運動神経系の診断ができるようになりました。
Mertonらの論文から高電圧電気刺激法を知った東京大学神経内科の宇川義一先生は国内での開発に積極的で、当時小平市に工場を持つ三栄測器(以後会社名は変わりましたが三栄測器と表記します)に開発の依頼がありました。三栄測器では論文に掲載されていた回路図を元に検討し、回路的にはそれほど難しくなく製作可能と判断しました。当時、高電圧を生体にかける技術はカウンターショックという心臓の除細動装置で培われており、三栄測器はその分野では先陣をきっていましたが、脳を刺激する装置を実際に開発する部署を決めるのには苦労しました。それは装置の使用分野が神経分野であり、カウンターショックを開発していた循環器グループのテーマとはなりえなかったからです。それに市場の大きさからみても循環器市場とは比較にならない狭さで、循環器グループでの開発は断られました。
結局、使用分野である神経グループで開発を検討することになりましたが、会社として正規の開発として認められず、当時脳波計の開発者であった田所康典氏が個人的な興味も含めて開発を引き受け、1982年試作がスタートしました。しばらくして試作機が完成しましたが、問題は誰が最初の被験者になるかでした。何しろ400V~600Vの刺激を頭に受けるわけですから、誰も進んで被験者になろうという人はいません。結局、依頼者である宇川先生が強い責任感から「私がやります」と手をあげ、日本で最初の経頭蓋電気刺激によるMEPの記録ができたのが1984年。Mertonらが報告してから4年後のことでした。
この当時、大阪市立大学の整形外科で松田英雄先生と近藤正樹先生が麻酔下で頭蓋骨に小さな穴を開けて、そこに電気刺激を行ってMEPを計測するという研究がありましたが、経頭蓋刺激ではこの高電圧電気刺激試作機による宇川先生らの研究が日本で最初でした。この研究から日本での最初の論文が発表され、多くの研究者が経頭蓋刺激の研究に取りかかりました。しかし、三栄測器では通常の製品のようにラインアップせず、研究者の先生方からの特注という方法で対応しました。
しばらくしてMertonらの研究に関与したイギリスのDigitimer社から「D180」という高電圧電気刺激装置が発売になりました。日本ではミユキ技研が輸入代理店となり多くの装置が日本に導入されました。しかし、臨床的には価値のある検査でも、高電圧刺激を意識のある被験者に行うことは苦痛を伴うためこれに代わる方法がないものかと世界中で模索されていました。その後1985年にイギリスのBarkerらによって経頭蓋の磁気刺激装置が報告され、高電圧電気刺激の状況は大きく変化しました。
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高電圧電気刺激装置として
日本で最初に発売された
Digitimer社「D180」
整形外科や脳外科の脊髄や頚椎の手術では運動神経を障害する危険性があり、安全な手術のモニタリングとして高電圧電気刺激装置が必要でした。ただ、この検査は末梢神経支配筋からMEPを導出するため、筋弛緩剤を用いた麻酔下では検査が行えませんでした。その後、吸入麻酔に変わる静脈麻酔が開発されたことにより、術中のMEP測定が可能となり、高電圧電気刺激装置は神経機能モニタリングに必要な機器として定着しました。
当時、富山医科薬科大学の北川秀樹先生は積極的にこのモニタリングを導入し、その後多くの施設へと広まり、現在ではスタンダードな検査となっています。
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効率よくMEPを導出するために
トレイン刺激を可能にした
Digitimer社「D185」
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現在、日本光電で販売されている
高電圧電気刺激装置「SEM-400」
1984年、高電圧電気刺激装置で錐体路系の研究を行っていた東京大学の宇川義一先生は、錐体路の研究において高電圧電気刺激の必要性を知りつつも、苦痛を伴うこの方法に代わる方法を模索していました。そして翌年1985年、BarkerらがLancetに磁気刺激装置による中枢神経刺激方法を報告しました。当然のことながら宇川先生は、この記事に素早く反応し、高電圧電気刺激を試作した三栄測器に再び開発の打診をされました。更なる技術を要する開発を技術者が断る理由はありません。技術者魂をくすぐるこのリクエストには、引き続き田所氏が開発を担当、しかしながら、この開発も会社としてのテーマには取り上げられず、田所氏は開発のために、多くの困難を乗り越えなければなりませんでした。
磁気刺激の中枢神経への研究がスタートする前、1981年に本刺激法は末梢神経刺激としてイギリスSheffield大学のM.Polsonが初めて応用しました。次頁の写真はその時の装置で、これが現在の磁気刺激装置の原点とも言われています。その後、前述したように1985年のBarkerらの中枢刺激用の開発へと発展しました。
日本ではこのM.Polsonの報告をもとに千葉大学整形外科の中川武夫先生や福島医科大第2生理の塚原進先生が磁気を用いた末梢神経刺激の研究に取り組みはじめました。当時はこうした装置が製品化されていなかったために、中川先生は三栄測器千葉営業所の技術者であった奥濱朝雄氏と共同で装置の製作を行い、1983年の第20回日本リハビリテーション医学会で「パルス磁場による脊髄、坐骨神経刺激法の検討」として報告しており、‟今後改良を進めれば電気生理学的検査の上で極めて有用な手段となる”と結んでいます。また、塚原先生は1985年に福島で開催された第15回日本脳波・筋電図学会の懇親会場で装置のデモを行っています。
宇川先生はこの磁気刺激法を中枢神経の研究へと利用するために、中伊豆リハビリテーション病院に出向されていた中川先生を訪ね、「私は、今後磁気刺激を使った研究をしたい」と研究の先駆者である中川先生に挨拶されました。今では故人となられていますが、その時中川先生は「ますます立派な研究をしてください」と快諾され、本格的に宇川先生の磁気刺激装置を用いた中枢神経刺激の研究がスタートしました。
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1981年にM.Polsonによって開発された末梢神経用の磁気刺激装置
日本での開発は、1985年のBarkerらの論文に記載されていたたった1枚の回路図を頼りにすぐにスタートしました。簡単に見えた回路図ですが幾多の困難がありました。当時の様子を開発に携わった田所氏が回顧してくれました。
脳神経関連製品の新天地開発を狙っていた三栄測器の開発者にとって、中枢神経を刺激するという宇川先生の命題は一筋の光明に思えたが、必ずしも容易な道ではなかった。製品開発を会社が認めるには薬事認可が必須で、脳への刺激は倫理的にも課題があり薬事認可を受けるのは不可能であろうという意見が大勢を占めており、開発テーマとしては認められず、予算僅かな調査という名目でスタートを切らざるを得なかった。
磁気刺激の原理は、大電流を銅製コイルに瞬間的に流し、ファラデーの法則に従って発生した磁場によって生体内の神経に電流を流すというものである。電気的な回路は比較的簡単であるが、脳内神経を刺激するには2テスラー以上の磁界が求められ、装置の完成までにはいくつかの技術的な課題を乗り越えなければならなかった。
まずは、1)各種回路定数の設定をどのように進めるか、2)出力値をどのように測定するか、3)磁束を発するコイルをどのような形状にするか、などからの出発であった。
短期間で途轍もない出力値を実現するために特注部品を作る時間はなく、市販部材を性能限界で使う道を選ぶしかなかったが、幸いなことに参考になるBarkerらの文献があったために、あまり迷わず短期間に回路定数を定めることができた。
例えば、充電する電解コンデンサーの耐圧から扱う電圧は1000V以下にする必要があり、電流の断続に使うサイリスターの性能限界から流す電流は20000アンペア以下に定めた。
磁束の持続時間(パルス幅)は、高圧電気刺激の経験から100マイクロ秒以下では反応が少なく、1ミリ秒以上にすると被検者にも回路にも負担が大きいことが解っていたので1ミリ秒以下になるようなコイルを数種類用意して実験を重ねた。その後の実験結果からパルス幅は400~500マイクロ秒が適当と判断して開発を進めることにした。
作り上げた装置の出力をどのように測定するのかも、電流や磁界の値が大きいので難しい課題であった。コイル電流は、予め抵抗値を求めておいた2点間の電圧降下をオシログラフで観測することにより、波形を含めて求めることが出来る。出力コイルに用いたリード線の抵抗値は約30cmで1万分の1オームであるから、それだけ離れたリード線上の2点間の電圧波形が1Vを示せば10000アンペアが流れたことを知ることになる。
また、発生磁界は自作のサーチコイルを用いて測定するが、絶対値を知るために50ヘルツの交流磁界内で既成の磁束計と比較校正し換算係数を求めておく。
その結果、刺激電流を流したコイルの前面に置いたサーチコイルが発生する電圧は、オシログラフで発生磁界の波形と値を示すことになる。但し、オシログラフによる監視も電磁誘導に阻まれ一筋縄ではいかなかった。
磁束を発するコイルは、原則10mm幅、1mm厚の銅板を外直100mmの円形に4から10ターン巻くことにより、所定の値を得たが、層間の絶縁には苦慮した。当初は銅板をテフロンテープで巻き絶縁を得ると共にエポキシを浸透させて固定したが、度重なる通電で層間が摩擦しレアショートして爆発する事故が相次いだため、成形は徐々に強化され大きさも重さも肥大してしまった。
電流を制御するサイリスターは最初よく故障した。その度に開発を中断し、人には話せない手段と苦労で購入費捻出を重ねたが、それも開発作業の一環として良い思い出である。円盤状のサイリスターは厚さ10mmの銅板でサンドイッチにし、トルクレンチで圧着させて使ったが、その壊れたサイリスターを切り開き中心部より円周部が破損しているのを知りながら、破損の原因が圧着の際に銅板がゆがんでしまって中央部の接触が悪いことに気付くまでにかなりの授業料を払ってしまった。
このような苦労の末にようやく安定的に動く装置が完成し、人間で実験しようという話になりました。すでに開発関係者は高電圧電気刺激で被験者の経験はありましたが、磁気刺激というまったく新しい方法での中枢刺激の被験者になるには誰しも抵抗があります。結局、日本で最初の被験者は依頼主の宇川先生になり、初めて中枢運動野を刺激して手指が動いた時は関係者全員で感激しました。1986年春のことでした。
その後、休日を利用して東京大学から宇川先生や磁気刺激に興味を持つ先生方が集まり、基礎実験を重ねていきました。こうした中、コイル絶縁が悪くなりショートをすると、大きな音が工場内に響き渡ります。休日とはいえ他の製品開発技術者が多く出勤しており、大きな音の噂は瞬く間に社内に広まり、非常に危険な装置という評判がたってしまいました。この評判が後にこの装置の開発・発売を左右することになるのです。
ところで、宇川先生がこの中枢神経の磁気刺激について日本で最初の報告をしたのは1986年に開催された第16回日本脳波・筋電図学会で“神経内科領域における中枢運動系の電気生理学的検査法”と題したシンポジウムでした。同学会での三栄測器機器展示ブースでは、磁気刺激による中枢神経刺激のこれまでの研究・開発についてポスター展示をしました。しかし、これは試作品を作り上げてきた技術部ではなく、営業部が行ったものです。幾度となく回路がショートをし、そのたびに大音響を出すこの磁気刺激装置を技術者としては発表することはできないと判断したにも関わらず、営業サイドでは、今までできなかった中枢神経へのアプローチができる刺激方法を世に発信すべきだと熱く思い、技術部の了解なしにこの場でポスター展示をおこなったのです。このようないきさつの発表でしたが、想定外に反響は大きく、多くの先生に興味を持っていただきました。
一方、宇川先生は、翌年の1987年に「医学の歩み」に“磁気刺激による中枢運動系検査法の開発”を発表し、中枢神経への磁気刺激の基礎を固められました。
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1986年 宇川先生と田所氏によって開発された
国産初の磁気刺激装置(写真提供は藤木稔先生)
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1986年 日本で最初に行われた経頭蓋磁気刺激
コイルを持っているのが宇川先生
左後方で機器を操作をしているのが田所氏(写真右)
この学会以来、多くの先生方からデモや購入の要求があり、限られた研究費から数台を作り、数人の先生に使ってもらうことになりました。その一人に九州大学の上野照剛教授の研究室で研究されていた大分医科大学脳神経外科の藤木稔先生(現:大分大学脳神経外科教授)がおられました。当時、三栄測器ではあの大音響とともに度々壊れた経験からこの磁気刺激装置を製品化するかどうかを決め兼ねていました。このような中、その藤木先生から磁気刺激の有用性と製品化を求める嘆願書が会社宛に送られてきたのです。そこには磁気刺激の今後の必要性が詳しく熱心に書かれてあり、ぜひ日本で製品化し、医学の発展に貢献して欲しいとの主旨が書かれてありました。私はこの手紙の後押しを得て会社の中で製品化に向けての要求書をかき、営業部門から多くの賛同を得てこの要求は通ったかのように思えましたが、最終的な会社の回答はNOでした。この決断は技術部トップの判断で下されたのですが、何よりも新しい技術、よりよい技術の開発に意欲的であることに変わりはありませんでしたが、度々の工場内でのコイルショートによる大音響で危険な装置という噂があったのも事実です。何か事故でも発生したら親会社でもあるNECも巻き添えにしてしまいます。熟考した末、製品化は見送られることになりました。これを境に三栄測器では田所氏の努力の甲斐もなく磁気刺激開発から手を引いたのです。
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初期の磁気刺激装置で研究する藤木先生(後方)
一方、日本光電は1985年にLondonの学会でBarkerらの磁気刺激成功を知り、鎗田勝氏が中心となり磁気刺激の基礎実験に着手していました。最初はガルバノメータの着磁に使う着磁器を使用して基礎実験をスタート、1987年ころになると上野照剛先生(九州大学)、辻貞俊先生(産業医大)、真野行夫先生(奈良医大)、そして町田正文先生(日本大学)や河村弘庸先生(東京女子医大)などの助言を得ながら製品化を果たしました。鎗田氏の専門的な知識と順調な会社経営が後押しをした結果だと思います。日本光電の製品化を機に国内では国産の日本光電「SMN-1100」と英国の「MagstimM-200」が販売され磁気刺激が普及していきました。その後、鎗田氏は磁気刺激の安全性に関する研究にも参画し、日本における磁気刺激の普及に尽力されました。日本光電は単発の磁気刺激装置に続いて2連発を開発し、1996年には国産初の最大50Hz及び60Hzの連続磁気刺激装置を発表しました。
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1987年日本光電で開発された
磁気刺激装置「SMN-1100」
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鎗田氏は磁気刺激装置に一つの工夫を施しています。
それはコイルに瞬間的な高電流を供給するリード線を
同軸方式にすることにより、
リード線からの可聴音を少なくする方法でした。
1995年 医用電子と生体工学vol.33
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2連続磁気刺激装置「SMN-1200」
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研究用の高頻度磁気刺激装置
高頻度磁気刺激装置ではコイルの温度上昇を抑えるためにフロリナート液冷方式による
冷却コイルも開発していました。
少し時代はもどりますが、日本で試作段階の装置で磁気刺激の研究が進む中、イギリスではBarkerらの世界初の装置が「Magstim」としてノバメトリックス社から販売されていました。この装置は当初ニコレー社がアメリカで代理店となって紹介され、そして日本ではニコレージャパンの牛島良介氏が1988年東京と大阪で講演会を行い、はじめて「Magstim」が研究者に紹介されました。1990年にイギリスに磁気刺激装置を専門とするマグスティム社が設立され、世界に向けて本格的に販売が開始されました。
日本ではセルコムという会社(福岡県)が販売権を得て国内販売がスタート、当時は500万円もする高価な装置でしたが、神経内科やリハビリテーション科、脳外科、整形外科を中心に広がっていきました。日本での薬事取得についてはミユキ技研の瀧口裕行氏が関与して、飯塚正先生(埼玉医科大学)、大石実先生(日本大学)、山本隆充先生(日本大学)、塩貝敏之先生(杏林大学)などの協力をいただき、1991年に日本で初めての薬事承認を取得しました。その後、1995年に販売権がミユキ技研に移管され現在に至っています。
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1985年にLancetに掲載された時の磁気刺激装置と開発に携わった
3人の技術者たち
左から、R.Jalinous、I.L.Freeston 、A.T.Barker
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現在Magstim社に展示されているSheffield大学で製作された
初期の磁気刺激装置
Sheffield大学のBarkarらはこの世界初の磁気刺激による中枢刺激の技術を特許申請していなかったために、1986年ころにはアメリカではキャドウエル社、ヨーロッパではダンテック社が独自に製品を開発し販売を開始しました。日本でも同様に三栄測器と日本光電で開発に着手しましたが、前述のように日本光電が製品化に成功しました。
磁気刺激装置は当初は中枢運動野を刺激して錐体路の検査として普及していき、後に単発磁気刺激装置を2台組み合わせたバイスティムが発売され、運動野の抑制性介在ニューロンの機能を知る研究・検査法として多くの成果が生まれました。
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1995年ごろ日本で販売されていた磁気刺激装置
Magstim社「M200」
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発売当初の2連発磁気刺激装置
Magstim社「M200 バイスティムシステム」
キャドウェル社はアメリカで磁気刺激装置の開発および販売を開始した翌年の1987年、反復磁気刺激を発表し、磁気刺激の新しい可能性を秘めた多くの研究がスタートしました。特に精神医学や中枢神経系の障害に対して行う一連の応用が盛んに研究されるようになりました。
反復磁気刺激では刺激周波数を変えることができ、その結果、磁気刺激には生体へ2つの作用があることが解ってきました。それは“抑圧”と“増強”です。現在は1Hzを境にして1Hz未満を低頻度rTMSとし“抑圧”、1Hz以上を高頻度rTMSとし“増強”作用があると言われています。また、高頻度で刺激するとコイルが発熱して長時間の刺激が行えないことからコイルを冷却する技術も開発され、現在は空冷式、水冷式などの方法が使用されています。
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キャドウェル社製の反復磁気刺激装置
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発売当初の反復磁気刺激装置
Magstim社「マグスティムラピッド」
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空気冷却式コイル
Magstim社「エアークールドコイル」
磁気刺激装置は様々な応用が広まり、それにつれて刺激コイルの改良も進みました。当初のコイルはドーナッツ型で刺激する範囲や場所を特定することが困難でしたが、1988年に上野照剛先生らが8字型コイルを用いた局所的磁気刺激法を開発して以来、焦点を絞った刺激が可能になりました。この画期的な開発以来、磁気刺激の研究は大きく発展し、ヒトの神経科学の研究の貢献につながりました。8の字コイルは2つの円形コイルを平行に配置し、それぞれに流れる電流を逆方向にすることにより2つのコイルの中心交点部で単独のコイルの2倍以上の電界強度となり、焦点を絞った刺激ができることになります。上野先生は九州大学で生体磁気の研究を開始され、その後に東京大学の教授に就任された生体磁気工学の第一人者です。この8の字コイルの発明と脳磁気科学の研究により2010年にd’Arsonval賞※(ダルソンバール賞)を受賞されたことは、日本として大きな誇りです。
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8の字コイルの発明で
d’Arsonval賞を受賞された
上野照剛先生
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上野先生は1976年1月、九州大学医学部生理学教室で
神経磁気刺激の研究を始められ、
その後スウェーデンのリンシェピン大学で研鑽を積まれ、
帰国後、更に5年の研究を経て、
局所的に刺激可能なこの8の字コイルの原理を考案されたそうです。
※d’Arsonval賞は「国際生体電磁気学会」の最高賞。国際生体電磁気学会は1979年に米国で設立された電磁気の生体影響と医学応用について議論する最も権威のある国際学会であり、世界40カ国から研究者が集まっている学会です。
1988年Journal of Applied Physicsに発表された8の字コイルの原理図
(Ueno.et.al:J.Appl.Phys.64(10).15November 1988より転載)
上野先生のアイディアをもとに発売されたMagstim社製8の字コイル
1990年10月に東京の日本都市センターで行われた日本脳波・筋電図学会(後に日本臨床神経生理学会)で学会とは別のプログラムとして“第1回磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会”が行われました。この時の代表世話人は京都大学神経内科の木村淳教授でした。木村先生はアイオワ大学で多くの磁気刺激の経験があり、日本での磁気刺激研究の普及に積極的でした。第1回の研究会で木村先生が挨拶されたお話の一部をご紹介しておきます。
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厚生省が、(磁気刺激を)やってはいけないと言っているわけではないのですが、認めていないということがあります。それが昨年(1989年)の脳波・筋電図学会で、ハーバード大学※の松宮先生が来て特別講演をなさったときに、僕が司会をさせていただいたのですが、彼は動物実験をしていて、やはりムチャクチャにやると安全ではないのではないかいうような意見があって・・・・。私はずーとアメリカでやっていて、こんな安全なものはないと思っていたし、ちょうどNIHのマーク・ハレット先生が日本に来ていて。マーク・ハレット先生は、こんなものは全然安全だというアメリカの意見で・・・。
そんなことから、やはり日本でも、個人個人、各研究室で隠れたような格好でやるよりも、もっとopenにみんな集まってやったほうがいいのではないかということで、その研究会をやりましょうという話が上がりました。
(第1回磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会(平成2年10月)講演録から抜粋)※当時はブラウン大学所属
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この研究会は現在でも継続しており既に25回を重ねております。このような磁気刺激の安全性の研究会を継続している国は他に類を見ません。
8の字コイルの誕生によって限局した刺激が可能になりましたが、脳のどこを刺激しているのかを客観的に表示する方法がありませんでした。唯一、運動野への刺激では、筋電図を用いて対応する筋活動を確認する方法が行われていましたが、それ以外の場所の同定は解剖学的な勘を頼りにするしかありませんでした。
1999年、カナダ・モントリオールの神経研究所に勤務していたRoch M.Comeau氏は当時脳外科手術用に開発された赤外線カメラを利用した光学式ナビゲーションシステムを用いてTMS用のシステムを発表しました。これがTMSナビゲーションシステムの世界初の製品で、彼が起業したRogue Research社から「ブレインサイト」として発売されました。現在では複数の会社で同等の機能を持つシステムが販売され、より正確な刺激が行えるようになりました。
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1999年に発売されたBrainsight Frameless.
1985年のBarkerらの報告から多くの研究者が磁気刺激を用いた中枢神経機能の研究を行ってきました。多くの世界的な研究がある中、ここでは磁気刺激研究の普及に貢献してきた日本の研究者を紹介します。(50音順)
1.生駒一憲先生・竹内直行先生
脳血管障害による障害側手指機能を回復するためにrTMSを応用し、健側運動野に低頻度、患側運動野に高頻度の磁気刺激を行う治療法を開発しました。
2.上野照剛先生
8の字コイルによる局所的磁気刺激法を開発し、焦点を絞った刺激を可能にしました。
3.宇川義一先生
M1と小脳との線維連絡を調べる方法として1991年に高電圧電気刺激と組み合わせた小脳刺激法を開発。後に電気刺激の代わりに磁気刺激を用いて小脳を刺激する方法を開発し、運動制御機能に大きな役割を果たしている小脳抑制(CBI)を明らかにしました。また、脳幹刺激法を開発し皮質脊髄路の障害部位が、頭蓋内か脊髄かを診断できるようにしました。
4.鬼頭伸輔先生
うつ病治療にrTMSを応用し、脳の機能的結合性を変化させることによって症状を改善できることを示唆しました。
5.木村淳先生・真野行生先生・辻貞俊先生
1990年に日本で“磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会”を立ち上げ、磁気刺激法の普及に大きく貢献しました。
6.鯨井隆先生
Paired刺激(Bistim)を用いて、条件刺激を1-5ms以内で行うMEP振幅の減弱は運動皮質内の抑制機構(SICI)によるものであることを解明しました。
7.齋藤洋一先生
難治性神経障害性疼痛に対する反復経頭蓋磁気刺激療法を開発しました。
8.島本宝哲先生
日本で最初にパーキンソン病治療に単発磁気刺激を応用し、歩行機能の改善を報告しました。
9.代田悠一郎先生
補足運動野(SMA)への5 Hz rTMSはPD患者における運動症状を中程度に改善することを報告し、SMAへの刺激はPD治療にとって可能性のある刺激部位の1つであることを明らかにしました。
10.滝川守国先生
日本で最初に脳へのrTMSによる治療の可能性を研究されました。
11.寺尾安生先生
磁気刺激によって皮質の情報処理を一過性にブロックする方法(Virtual lesion法)を用いて、急速眼球運動に関連した眼球運動中枢の皮質内情報処理を明らかにしました。
12.花島律子先生
SICIの条件刺激では試験刺激によって誘発されるI2 wave以降のI wave振幅のみを減弱させることを証明し、皮質内でのI waveの特性を明らかにしました。
13.濱田雅先生
単発刺激装置4台を組み合わせてたQPS(Quadripulse stimulation)法により、従来のrTMSよりも強力で持続が長い長期効果を誘導できる刺激法を開発しました。
14.松本英之先生
腰仙部神経根を磁気刺激するためにMATSコイルを考案し、腰仙部での最大上刺激を可能にし、大脳皮質脊髄円錐部運動神経伝導時間(cortico-conus motor conduction time :CCCT)を測定することを可能としました。
15.美馬達哉先生・花川隆先生
fMRI下で磁気刺激による表面筋電図の同時記録法を開発し、単発TMSの強度が脳活動に与える影響を解明しました。
小誌作成に当たり以下の論文・雑誌を参考にしました。
- Barker AT, Jalinous R, Freeston IL. Non-invasive magnetic stimulation of the human motor cortex. Lancet. 1985;325:1106-7.
- Merton PA, Morton HB. Stimulation of the cerebral cortex in the human subject. Nature. 1980;285:227.
- 近藤正樹,島津 晃,松田英雄.腕神経叢損傷の術中電気診断.臨床脳波.1984;26:419-29.
- 宇川義一,幸原伸夫,他.経皮的電気刺激による中枢運動系の検査法.臨床神経学.1987;27:434-41.
- Kitagawa H, Itoh T, Takano H, et al. Motor evoked potential monitoring during upper cervical spine surgery. Spine. 1989;14:1078-83.
- Polson MJ, Barker AT, Freeston IL. Stimulation of nerve trunks with time-varying magnetic fields. Med Biol Eng Comput. 1982;20:243-4.
- 中川武夫,北原 宏,井上駿一,他.パルス磁場による脊髄坐骨神経刺激法の検討.リハビリテーション医学.1983;20:298-9.
- 宇川義一,萬年 徹.磁気刺激による中枢運動系の検査法の開発.医学のあゆみ.1987;142:107-8.
- 鎗田 勝,上野照剛.磁気刺激コイルの給電線の電磁および可聴音障害と伝送効率の同軸給電線による改善.医用電子と生体工学.1995;33:310-7.
- Kujirai T, Caramia MD, Rothwell JC, et al. Corticocortical inhibition in human motor cortex. J Physiol. 1993;471:501-9.
- Hamada M, Terao Y, Hanajima R, et al. Bidirectional long-term motor cortical plasticity and metaplasticity induced by quadripulse transcranial magnetic stimulation. J Physiol. 2008;586:3927-47.
- Ueno S, Tashiro T, Harada K. Localized stimulation of neural tissues in the brain by means of a paired configuration of time-varying magnetic fields. J Appl Phys. 1988;64:5862-4.
- Matsumoto H, Octaviana F, Terao Y, et al. Magnetic stimulation of the cauda equina in the spinal canal with a flat, large round coil. J Neurol Sci. 2009;284:46-51.
- 木村 淳.開会のあいさつ.第一回磁気刺激の臨床応用と安全性に関する研究会演題集.1990.p. 1-2.
- Paus T, Jech R, et al. Transcranial magnetic stimulation during positron emission tomography:a new method for studying connectivity of the human cerebral cortex. J Neurosci. 1997;17:3178-84.
1980年のMertonらが報告した高電圧電気刺激法は、末梢神経しかできなかった従来の運動神経伝導検査の壁を打ち破る画期的なものでした。そして1985年のBarkerらの磁気刺激法の開発により一気に錘体路(中枢運動系)の検査が進みました。私はこの時期に三栄測器(後に日本電気三栄になり、その後解散)に勤務し、脳神経関係の仕事に携わっていました。その頃、東京大学神経内科に所属されていた宇川義一先生が1980年のMertonらの論文やその後のBarkerらの報告から「日本でも作れないか?」と相談がありました。
その後、国産初の高電圧電気刺激装置や磁気刺激装置が完成したことは本誌で紹介したとおりです。
あれから30年が経ち、磁気刺激法は大きな発展を遂げました。磁気刺激法は非侵襲的に脳を刺激できることから、検査のみでなく、脳神経科学の研究に貢献し、今日では治療分野へとその応用と広がりを見せています。
この磁気刺激研究には多くの日本の研究者が携わり、その一端も紹介させていただきました。
本誌作成に当たり多くの皆さんから貴重なお話や資料を提供していただきました。ここにお名前を挙げ感謝申し上げます。
上野照剛先生、宇川義一先生、奥濱朝雄氏、梶原恒司氏、佐藤功氏、瀧口裕行氏、田所康典氏、藤木稔先生、古谷功氏、馬瀬隆造氏、山本哲也氏、鎗田勝氏、吉田季子氏(五十音順)
小誌の内容の一部は、月刊 臨床神経科学 Clinical Neuroscience 2016年 1月号に掲載されています。
Clinical Neuroscience vol.34 no.1 (2016-1)
白澤 厚(ミユキ技研 副社長)